--- title: "自分用ならライセンスは無視していい? 条件が効き始めるのは「配ったとき」" description: "自分しか使わないならライセンスは守らなくていい? 守らなくていいのではなく、条件がまだ発生していないだけです。友達に渡すなど「配る」に当たった時点で条件が効き始めます。著作権法 30 条の私的使用と、GPL の convey の線を条文で確かめます。" url: https://ryuuneko.com/blog/personal-use-license-when-applies published: 2026-09-12 20:46:41.92526 updated: 2026-09-12 21:03:18.054129 --- 「自分しか使わないなら、ライセンスって守らなくていいよね?」 半分だけ本当です。自分の中で動かしているうちは、たしかに何も起きません。でもそれは「守らなくていい」のではなく、**条件がまだ発生していないだけ**です。消えたわけではなく、順番待ちをしている。配った瞬間に、全部いっぺんに効き始めます。 そして「配る」の線は、思っているより手前にあります。友達に 1 つ渡す、サークルの中で回す。それも配ることがあります。 この記事は、小さなツールに外部の部品を入れたときの判断を、架空の例で**再現した記録**です。パッケージ名や友達とのやり取りは架空ですが、条文とライセンスの原文は実物に当たっています(末尾の出典)。前の記事 [GitHub のコードは勝手に使っていい?](/blog/github-code-license-can-i-use) と [フリーソフトと OSS は何が違う?](/blog/freeware-vs-open-source) の続きです。 --- ## 発端:自分用のつもりで GPL の部品を入れた 題材は tidy-text という文章整形ツール。自分用に PDF 書き出しを足しました。PDF なんて自分では書けないので、あるものを入れた。依存しているライセンスを一覧にすると、こうです。 ``` $ npx license-checker --summary ├─ MIT: 42 ├─ Apache-2.0: 6 └─ GPL-3.0: 1 (paper-out@2.1.0) ``` 一番下が GPL。名前は聞いたことがある。中は読んでいない。だって配らないから。 ……本当に配らないでしょうか。きのうの友達とのやり取りを見返すと、こうでした。 > 相手: あの整えるやつ、まだ使ってる? > 相手: 整えたやつ、そのまま PDF にできたら嬉しい > 自分: 作った。あとで送るね もう「送る」と言っています。自分用のつもりのものが、配る一歩手前にある。「あの子は友達だし、1 人だし」と思うところですが、今日の話はまさにその線です。 --- ## なぜ「配る」が起点なのか:著作権法 30 条の私的使用 権利のほうから見ると早い。著作権は、複製したり配ったりする場面で働く権利です。手元で動かすだけなら、他人の権利に触れ**にくい**。「触らない」ではなく「触りにくい」が正確で、そもそも出番が無いという感じです。 条文にも、自分で使うための複製は認めます、と書いてあります。著作権法 30 条 1 項です。 ``` 著作物は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる 限られた範囲内において使用することを目的とする ときは、次に掲げる場合を除き、 その使用する者が複製することができる。 ``` 長いですが、見るのは真ん中の一行だけ。「個人的に、または家庭内、それに準ずる限られた範囲」。家族に見せるくらいまで、と思っておくと近い(出典 1、出典 2)。 友達は入るのか。**入らないことがあります。** ここは断言できません。ただ少なくとも「1 人だから平気」という線ではない。サークルの中で回すのも、準ずる範囲とは言いにくい。人数の問題ではなく、閉じ方の問題です。 なお 30 条には「次に掲げる場合を除き」という除外もあり、範囲は狭い条文です。「自分用なら何をしてもいい」という読み方はできません。 ![著作権が働く場面と、私的使用の範囲。手元で動かす・家庭内・友達 1 人・サークル・公開の順に、線をどこで越えるかを示す図](/blog/uploads/personal-use-license-when-applies-line.svg) --- ## 法律とライセンスは別の層 「それ、ライセンスの話ではなくて法律の話では?」と思った人は正しい。2 つあります。 - **法律(著作権)** は「複製していいか」を決めている。私的使用の複製は限られた範囲で認められ、範囲を出ると原則に戻る - **ライセンスの条件** は、そのままだと使えないものを、条件付きで許可するもの。配った時から効き始めるものが多い(表示を残す、ソースを渡す、など) ライセンスは作者からの「お願い」ではありません。著作権は既定で複製・改変・配布を権利者に留保しているので、ライセンスが無ければそもそもできない。ライセンスはその禁止されている利用を**条件付きで許可する**ものです。条件を外したら、許可が無い状態に戻るだけ。この 2 つは別々に決まり、重なるが同じではありません。 --- ## GPL は何と書いているか:convey しない限り条件なし さっき入れた部品の GPL v3 は、そこがはっきりしています。第 2 条にこうあります。 ``` You may make, run and propagate covered works that you do not convey, without conditions ``` 意味だけ取ると、「渡さない限り、条件なしに作って動かしていい」。書いてあるんです、ちゃんと(出典 3)。 そして第 0 条に、その「渡す」(convey)の定義があります。 ``` To "convey" a work means any kind of propagation that enables other parties to make or receive copies. ``` 他の人がコピーを作れる、受け取れる状態にすること。友達に送ったら、まさにそれです。送った瞬間に、上の「条件なしに」が消えます。 なお、GPL の条件の中身(何を渡すか、どのライセンスで、など)はこの記事では扱いません。ここで見ているのは「いつから効くか」だけです。 --- ## どこからが「配る」か | やること | どうなるか | |---|---| | 自分のパソコンで動かす | 条件はまだ動き出さない | | 友達に 1 つ送る | 配ったことになる(ライセンスの条件はここから) | | サークルや社内で回す | 配ったと見られることがある | | GitHub や配布ページに置く | まちがいなく配っている | 上から順に線を越えていきます。1 個送るだけで、もう越える。人数ではなく、相手の手にコピーが渡るかどうかだからです。社内で回す場合は相手や形で変わるので、ここでは「見られることがある」までにしておきます。置いたら、もう迷いようがありません。 なお、条件が動き出す線の引き方はライセンスによって違います。この表は GPL の convey を基準にした整理です。 --- ## じゃあどうする? 守って配るか、部品を差し替えるか 送るのをやめる、しかないわけではありません。道は 2 つ。 1. **条件を守って配る。** 本文を読んで、求められていることをやってから渡す。GPL はけっこう手が要るので、中身は別の機会に 2. **部品を差し替える。** 同じことができて、条件の軽いものを探す PDF の部品は中身が大きいので、差し替え先があるかは探してみないと分かりません。無ければ条件を守って配る。どっちでもいい、決めさえすれば。 今回は探しました。半日かかって、MIT のものが見つかりました。 ``` package.json "dependencies": { - "paper-out": "^2.1.0", // GPL-3.0 + "pdf-quill": "^1.4.2", // MIT ← 差し替えた } THIRD_PARTY_NOTICES.md ← 表示も足した ``` 出力もちょっと変わりましたが、許容範囲。それも含めて差し替えです。MIT は「すべての複製物または重要な部分」に表示を残せと書いているので(出典 4)、表示ファイルにも 1 行足しました。これで堂々と送れます。 ![GPL の部品を入れたあとの分かれ道。条件を守って配るか、条件の軽い部品へ差し替えるか。どちらも「決めればよい」ことを示す図](/blog/uploads/personal-use-license-when-applies-choice.svg) --- ## 覚えておくこと 3 つ 1. **「自分用」は、配るまでの状態。** 守らなくていい、ではない 2. **自分用のつもりでも、入れる時点で条件を見ておく。** 送る予定が無くても。私の経験では、自分用のつもりで作ったものはたいてい誰かに渡しています。動くと人に見せたくなる。あとから外すほうが面倒です 3. **重い条件のものは、同じ機能の軽いものに替える手がある。** 作り直しではなく、部品の入れ替えで済みます 入れる前に見ていたら、半日探さずに済んだ。順番待ちしているだけ、だったからです。 --- ※ 条文とライセンス原文は 2026 年 9 月時点で確認したものです。友達やサークルへの配布が私的使用の範囲に入るかどうかは事案によるので、この記事は「入らないことがある」までしか言っていません。個別の判断は条文とライセンス本文、必要なら専門家にあたってください。パッケージ名(paper-out、pdf-quill)は架空です。 ## 動画版 同じ題材を、YouTube「黒猫開発部」では 2 人の会話で 6 分にまとめています。記事は条文と原文を立ち止まって読む向け、動画は「送るって言っちゃった」から始まる流れを先に見る向けです。 - 動画は 2026-10-09 公開予定。[チャンネル: 黒猫開発部](https://www.youtube.com/@黒猫開発部) ## 出典 1. [日本法令外国語訳データベース — 著作権法 第30条第1項](https://www.japaneselawtranslation.go.jp/ja/laws/view/4207) — 「著作物は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。」 2. [e-Gov 法令検索 — 著作権法](https://laws.e-gov.go.jp/law/345AC0000000048) — 同条文の正文 3. [GNU General Public License v3.0](https://www.gnu.org/licenses/gpl-3.0.txt) — 第 2 条 "You may make, run and propagate covered works that you do not convey, without conditions so long as your license otherwise remains in force." / 第 0 条 "To "convey" a work means any kind of propagation that enables other parties to make or receive copies." 4. [Open Source Initiative — The MIT License](https://opensource.org/license/mit) — "The above copyright notice and this permission notice shall be included in all copies or substantial portions of the Software." 5. [GitHub Docs — Licensing a repository](https://docs.github.com/en/repositories/managing-your-repositorys-settings-and-features/customizing-your-repository/licensing-a-repository) — "without a license, the default copyright laws apply" 6. [Apache License 2.0](https://www.apache.org/licenses/LICENSE-2.0) — 一覧に出た 3 つ目のライセンス。表示に加えて、変更したファイルに変更を明記する